ここから一番遠い海

夢日記,昔話

パンケーキを焼く

好きな男の子が忘れ物取りに来たとかで職場にやってきて1週間ぶりに顔を直接見れた。せっかく久しぶりに好きな人に会えたのに、彼の現れ方があんまり突然だったせいで「わ、びっくりした…」「…うす」というかわいげのない応酬しかできなかった。

 

なんでおはようや久しぶりが言えなかったんだ、と思ったのは彼が忘れ物をめでたく見つけて、そそくさと職場から姿を消してからだった。好きな人がいるということに耳が熱くなっていって、耳の熱が覚めるのを待っていたらもう手遅れだった。久しぶりに彼に会えたら話したいと思ってたことがいっぱいあったのに。

 

こんなふうに消化不良な欲求を抱えて家に帰った日、猛烈に煮込み料理やオーブン調理、焼き菓子作りがしたくなる。豚かたまり肉のビール煮込みだとか、肉まんを生地から作ったりだとかそういう類のやつだ。

 

薄力粉、人肌に温めたミルク、卵、きび砂糖に塩をひとつまみ、それらを混ぜ合わせたものにドライイーストを加えて、暖かい場所にボウルごと置いておく。

 

私は焼き菓子の焼く前の生地の、液体とも固体とも言えないあのベトベトした感じがあんまり好きじゃない。パン生地くらいしっかり塊になってれば良いけど、あの、ボウルのふちや泡立て器に引っ付いて離れない、ねちゃり・ドロリとした感じを見てると、「洗い物が面倒なものを作ってしまったな」という気持ちでいっぱいになる。

 

そんなネガティヴな気持ちを持ってしてなお焼き菓子を作るのは、それらが発酵や焼成の過程で形を変え、輪郭を明確にしていく様子を見ると妙に心が落ち着くからだ。

 

イースト菌のおかげで、ぷつぷつと生地に湧き立つあわわ見てると、なんとも言えない満ち足りた気持ちになる。

小さな生物の働きによって膨らんだ生地にバニラエッセンスを混ぜ、熱したホットプレートに垂らしていく。

ここでも、生地の表面にぷつぷつとした泡が浮かんできて、私はなぜかこの光景がものすごく好きだ。

イースト菌のおかげでふっくらふっくら厚みのあるパンケーキが焼ける。

もくもくと、パンケーキを7枚焼き上げ、時計の針が0時を回った頃、疲労感と満足感で床につく。

 

私の中のドロドロネトネトしたものも、パンケーキのように明るい黄金色の何かに焼きあがれば良いのになと思う。