ここから一番遠い海

夢日記,昔話

あなたとわたし・頭の中の爆発音

バンちゃんは研究室の同級生で、首席で表彰されるくらい頭が良かった。皿洗いやそうじをきちんとこなしている一人暮らしの男の子特有の不器用で几帳面なガサガサの手を見るたびに、めちゃくちゃな裁縫技術でつくろわれた洋服のツギハギを見るたび、こいつは本当にいいやつだな、という感じがした。

持ってるLINEのスタンプがかわいいとか、実家の母親からとんちんかんなタイポだらけのLINEがきただとか。隣に腰掛けてるバンちゃんに、そんなくだらないことばっかり話した。でも、そういうくだらないこと、些末なことの中にこそ、「その人」がちりばめられているものだ。バンちゃんが話してくれる、「皿洗いのバイトをしていたころに手がガサガサになってそこから手荒れが慢性化しちゃった」とか、「疲れて風呂場でよく寝ちゃう」、とか、「サークルの先輩や後輩にこんな馬鹿げた面白い奴がいる」とかいった雑談には、やっぱり、「こいつは本当にいい奴だなあ」と思えるものがたくさん散りばめられていた。

 

ある日「眠りに落ちそうになる時よく頭の中で爆発音するよね」と、まるで、「あくびすると涙が出ちゃうよね」みたいなトーンで話しかけられてびっくりした。え、そんなこと、ある?でも、実際そういう人って結構いるらしい。

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バンちゃんと自分の間にあるのは、膜みたいに薄い隔たりだと思ってた。たまごの殻と、白身の間にある、あの薄くて半透明の膜。似たような生い立ちや境遇も相まって、恋人に話せないこともバンちゃんにはなぜかすんなり話せたりした。誰かと精神的に完璧に繋がれると真面目に期待するほど私は馬鹿じゃないけど、それでも、膜くらいの薄い隔たりしか感じない人がいたっていいじゃないか。

でも、バンちゃんにとってはわりと当たり前の頭の中の爆発音は私にとっては全然当たり前じゃない。

バンちゃんに取っては当たり前の爆発音を想像する時、バンちゃんと私はしっかり他人で、「あなた」と「わたし」の間にあるそれはやっぱり「隔たり」なのだった。

 

バンちゃんはそれからも変わらずいいやつで話すとやっぱりおもしろくて、苦しい苦しいとげらげら笑いながら並んで修士論文を書き上げたりした。今もたまに連絡を取ったりする。私の頭の中にはいっこうに爆発音はならない。