ここから一番遠い海

夢日記,昔話

兄の居場所

さいころ、迷子になった兄がどこにいるのか、妹の私にはすぐわかった。
兄は落ち着かない子供で、家族でどこか買い物に出かけたときなんかも、そこに心を奪われるものがあれば、後先考えずじっとそれを見つめ簡単に両親と離れ離れになった。

あ 兄がいない と一番初めに気づくのはだいたい私だった。
「ちょっとトイレに行ってくる」とか「お菓子売り場を見に行きたい」とか、適当なことをいって両親の許可を得て単独行動を始める。その先で予想した通りに一人ぼっちになっている兄と合流する。

「最近はクラッシュバンディクーにはまっていたから、今日はきっとPlayStationのある売り場だな…」とか、「来る途中に配られていた風船を恨めしそうに見つめていたな」とか、「昨日金曜ロードショーで戦争映画をやっていたから戦闘機のプラモデル売り場だな」とか。

兄のいる場所は本当に簡単にわかった。

 

谷川俊太郎の「あなたはそこに」という詩にこんな一節がある

本当に出会ったものに別れは来ない

 

あの頃私は、日々を一緒に過ごしていたことで、そして恐ろしく厳しい父親に叱られまいとする奇妙な連帯感を持つことで、兄がどこにいようと、決して兄と「本当にはぐれる」ことはなかった。

 

異国に住むと突然兄から連絡が来た時、また実現しそうもないことをうそぶいて…と思っていたのに、兄がいう出発の日はぐんぐん近づいてきてしまって、ついに彼が日本にいるのはあと3週間という状況になってしまった。
だいぶ前から、兄がどこにいるのか、私には簡単にわからない。

 

本当に出会ったものに別れは来ない

 

私たちは本当に出会ったもの同士なんだろうか。はぐれることはあっても別れることはないのだろうか。わからない。