ここから一番遠い海

夢日記,昔話

餃子の王将・26歳の誕生日

チェーンのお店のない北の凡庸な街に生まれたから、19歳になる年に大学のある県に引っ越してきたとき「初めての○○(フードチェーン店)」だらけで興奮でいっぱいだった。

徒歩圏内にマクドナルドもモスバーガードトールスターバックスもある。コンビニだって、わざわざ車を走らせなくたってファミリーマートやローソン、セブンイレブンミニストップサークルKも自転車で行ける距離にある。
丸亀うどんの半熟卵の天ぷらが好物になって、「めったに来れない場所だから」とレジ前でマックシェイクのフレーバーに迷ってもたつくこともなくなって、ショートやトールという耳慣れない言葉で注文するコーヒーが大して美味しくないことに気づいていって。お酒を飲んで騒いで大学4年間が終わって、大学院生になって研究をして、恋人とくっついたり別れたりして。

 

今日、誕生日なんですよ、とかなんとかいったんだろう、その日。
それを聞いて、なんか食べたいもんとかねーの、とたばこをふかしながら、研究室の先輩が尋ねてくれたんだろう。先輩の言葉遣いは20代の若者らしい粗野なものだけど、穏やかな喋り方やおっとりとした人柄のおかげで、いつも全然嫌な感じがしない。そんな、優しい問いに対して、どうして餃子の王将と答えたのかもう覚えてない。

 

26歳の誕生日に餃子の王将に行きたがるなんてあんまりじゃないかと笑われたのは確かだと思う。私の様子が割かし本気であることに気づいた先輩がどんな顔していたのかはもう忘れた。多分、面白さ半分・困惑半分といった感じだったんだろう。でも、餃子の王将に行ったことがない、と勇気を出して切り出したとき、また面白おかしそうに笑ってくれたのは覚えてる。

 

研究のいろんなことを知っていて、困ったことがあるとみなが頼るその先輩がこらえきれずにプッと噴き出してくれると、私たち後輩はなんだかとても得意げな誇らしい気持ちになれた。穏やかで優しい、よく煙草を吸う、身長の大きな人だった。

 

オレンジ色の光の中で、餃子そっちのけで頼んだ天津飯をれんげですくって、「思ったのとなんか違いますね」と言って、多分、また先輩たちに笑ってもらった。

冬になるとどんより灰色がかった空ばかりの東北の街で、なんだかその日はとても楽しかった記憶がある。