ここから一番遠い海

夢日記,昔話

ただずっとティッシュを千切っていた

半年だけ新卒で勤めていた会社を辞めるとき、やっぱり大変だったのが「やめます」と上司に宣言することだった。

どうして辞めたいんだと聞かれても、正直に答えることができない。
どうして辞めたいんだと聞いてくる本人との関わりに心がすり減っていること、その人の下で何年も働かなくてはならないこと、その人のことを全く尊敬できないこと、自分の人事がその人に委ねられていること、自分が一生懸命学問を修め海外を渡り歩きテーマ設定をしていた5年間を「無」として扱われ世間知らずで礼儀もマナーもわからない頭でっかちな若者と決めつけられていること。そういう全部が苦しかった。たぶんその苦しさは、その人じゃない人が上司になったところで、消えることはないという予感もあった。そういう会社だった。

 

さあ皆にやめる理由を説明して?と声を掛けられ、会社を辞めること、やめる理由、お世話になったお礼なんかを言っている間ずっとこぶしに隠していたティッシュをちぎっていた。耐えられないじっとりした空気からどうにかして気をそらしたくて、ポケットな中にあったティッシュを、こっそり、机の下、膝の上でちぎりつづけていた。案の定、一生懸命に辞めたい理由を伝えたのに、私の思いは全く伝わっていなくて、高学歴で世間知らずな女性が社会に馴染めず、現実離れした夢をかなえたいらしい、というような判を押され、皆が私の辞意に納得を示した。

 

会議室を後にするとき、私が座っていた席には細かくちぎられたティッシュの破片が自分からぺりぺり剥がれ落ちた残骸みたいに散らばっていた。

本当はそれをすべて拾って部屋をきれいにしたかったけど、若い社員に人権が半分もないようなその会社で、上司や先輩の促しに反して部屋を後にしないことは精神がとても摩耗することだった。話の通じない上司や先輩に退職したい旨を伝える、という十分に精神のすり減る出来事を終えた直後の私に余力はなかった。

 

翌日朝早くこっそりその部屋に行くともうティッシュの破片たちは全部きれいに片付けられていて、昨日のじっとりした雰囲気もなく、部屋はしんとした深海のような面持ちを取り戻していた。

 

その部屋を掃除してくれているのは、障がい者雇用で雇用されている笑顔の優しい青年で、その青年がまるで見えないかのように通り過ぎていく上司とか先輩たちがやっぱり私は苦手だった。そういう人たちに迎合したくない、という小さい反抗心でいつもおはようございます、と彼に言っていたけど、そういう自分の行いも偽善じみていて嫌だった。

 

新卒から半年でその会社を辞めたということを後悔したことはないし、今きちんと働けている。

後にも先にもティッシュをあんなにちぎり続けることはないだろうな。