だいたい実家の自分の部屋にいるところから始まる。
昨日は珍しく自分の部屋じゃなくて、どこか知っているようで知らない、懐かしいようでよそよそしいような街の駅前にいた。
千円札を使うのにも妙な緊張感のあった高校生の時によくきていた隣街と、新しい感覚や文化をたくさん吸い込んだ大学生の時住んでいた町を足したよう街。
階下を車が往来している肌色のタイルのペデストリアンデッキで私は必死にどこかへ逃げ込もうとしている。
後ろを見るとあんなに一生懸命、風のように走ったのに、もうそれが追いつきそうな距離にいる。
実家の2階にある自分の部屋から夢が始まる時、だいたい外は雪が降り積もっていて、私は急き立てられるように窓から飛び降りる。
夢の始まりの場所は違っても同じなのが、それと距離を取るために必死に元いた場所から遠ざかろうとすること、どんなに一生懸命走ってもそれから遠ざかることができないということだ。
そしてそんなに一生懸命に逃げているのに私にはそれが何かわからない。
小さい頃からこういう夢を繰り返し繰り返し見てきた。夢の中に私以外の人はおらず、走れども走れども通行人はいない。なのに無機質に走る車の群れだけはある。灰色の、のっぺりとした、息のない世界。
夢の中で小さな子供である自分が裸足で雪の上や砂利の上を駆けているのに、誰一人声をかけたり心配したりしてこないことに、人一人いないことに絶望する。夢の中の出来事なのに。
それと向き合おうとしたのか、単にそれから逃げきれず追いつかれてしまったのかわからないが、ある時それの正体が判った。
それは父親の姿をしていた。怒りに満ちた表情、憎々しげな表情、血ののぼった真っ赤な顔で私を追い回し罰を与えようとする父親だった。
実家を出てからあまりこの悪夢を見なくなった理由も同時に判った。
はっきりとわかったのが、私は夢の中で逃げようとしているのではなく、必死にそれから距離を取ろうとしていたのだ。
距離を取ろうとしていることを彼らが許さずに追いかけてくる。
「彼ら」と書いたのは、昨日見た夢では距離を置こうとするそれが父親ではなくて兄になっていたからだ。
兄もまた私に対して、憎々しげな表情、怒りに満ちた真っ赤な顔をむけている。
一生懸命走って走って、元いた場所から遠ざかって、彼らと距離を取ろうとするのに、絶対に彼らと私の距離は縮まらなくて、振り向くといつもそこにあの怒りに満ち震えた表情がある。
彼らとの関係は物理的なものではなく、私の中にいつも存在しているものだから距離を取ることなんてできないのだ。ピッタリと私の中に潜んでいる彼らとの関係性から逃れることはできない。
定期的にこんな悪夢を見る。
回数がだいぶ減っていき、悪夢から卒業できたと思っていた矢先の昨晩、久しぶりにこの悪夢を見た。