ここから一番遠い海

夢日記,昔話

夢の話:宇宙でエキストラ

宇宙に行くため研究の進捗が数週間ほど望めない、とI先輩が私と彼の指導教官に報告してくる。「スターウォーズの新作がでるらしくてさ、それのエキストラ募集してたから、こんな機会逃すまいと思って応募しちゃったよね」、ともったいぶったような回りくどいようなわかりやすいような、この人特有の話し方で目をキラキラさせてる。スターウォーズの新作は宇宙で撮影されるらしい。まあ、そんなことがあっても不思議じゃない時代か。

指導教官であるにこやかな大食漢もさすがに顔を曇らせる。「さすがに今年はちょっとまずいんじゃないですか」とかなんとか、私が言う。だって、Iさん、今年がラストチャンスじゃないですか。博士号をとれるかどうかの。

 

大学に存在するありとあらゆる制度をフルに活用して延長させた博士課程の6年目、本当に本当のラストチャンスの今年、3月に向けて博士論文を執筆しなきゃならいないのに宇宙にいってチューバッカやR2D2とたわむれている場合かよ。

 

そんな風にあきれるような、「この人はこういう人なんだよな」と納得するような、彼のこの先を後輩として心配するような、様々な思いがないまぜになった心は、夢を見ている最中も夢から覚めた後もそんなに変わらない。

I先輩は自分の知的好奇心がくすぐられることには何でも食指を動かす。

あらゆる言語に堪能で、だれよりも研究に必要な知識を蓄えていて、どの本に何が書いているのか知っていて、サーバの構築やネットワーク整備、コーディングだってSE並みにできて、後輩に対する優しいまなざしや言葉遣いだってピカ一なのに、こと自分の研究となると全くはかどらない。愛すべき変人。

 

画面越しに久しぶりに会ったI先輩はやっぱり相変わらずで、「論文を読んでいるうちにフランス語で書かれた原著が読みたくなってフランス語を勉強しているんだよね」とか言っていた。

私にとっては片手間のフランス語学習もスターウォーズのエキストラ出演のための宇宙遠征も、あなたをあなたたらしめ、そしてあなたを静かに破滅に導いているという点で同じなのよ。

I先輩の学年を抜いて、しまいには先に卒業してしまい、病院の診断結果実家に帰ったことをしり、少しずつ彼の進路が暗転していくのを側から見ていたある夜、私はビールを飲みながら少しだけ泣いてしまった。

 

「大学を意味するuniversityは宇宙を意味するuniverseと同じ語源なんだよ」と、教えてくれたのはI先輩だった。おれはあんたと、この「大学」という宇宙をよりよいものにしたいんだよ。スターウォーズの、チューバッカやR2D2C3POのいる、あの遠い宇宙じゃなくて。