ここから一番遠い海

夢日記,昔話

日記:30歳の誕生日

30歳になる週末をずっと心待ちにしていて、「いったいどうやってこの日を素敵な記憶に残る日にしたものか」とわくわくしてたのに、いざ誕生日が近づいてくるとそれは仕事がしたくてしたくてたまらない週の週末となってしまった。

 

車を借りて海や渓谷の美しい紅葉を見に行こうか。それとも、美術館に行って特別展を楽しもうか。いつも買えないような高価なアクセサリーや靴を記念にエイッと買ってみようか。はたまた、ローカル線にのってゆったりと隣の県まで足を運んでぶらぶらと探索してみようか。いったことのないレストランやバーに行ってみようか。

 

考えてたことはいっぱいあったのに、30歳の誕生日の土曜日が近づくにつれてそういった、29歳の自分をワクワクさせていたアイディアたちがかすんでしまうくらい、普段通りに、普段以上に研究がしたくてたまらなくなってしまった。

 

やれやれ。誕生日だぜ、30歳の。なのにいつも通り大学の研究室に行って研究をしてしまう。

自分自身をたしなめようとする自分がいる一方で、でもまあこれが幸せというものかもしれないなと自分をなだめる自分もいる。私は、自分が研究者という職業に着けたことにかなり満足している。

 

休日に大学の研究室に行くのも苦痛じゃないし、字面から感じるようなわびしさもない。静かな研究室で、電話や事務からのこまごましたメールなんかに邪魔されず、他の博士の学生や大学院生たちと、同じ部屋にいながらも静かな興奮や研ぎ澄まされた集中とともに研究に向き合っている時間が暖かくてかなり好きだ。研究室のすぐそばに森があり、木漏れ日を浴びたり、風が木々を通り抜ける音を楽しんだり、茂みから現れるキジにぎょっとしたり、美しい紅葉や雪景色や夕焼けに思わずスマートフォンで写真を撮ってしまったりする。

 

美しい職場環境に加えて、こうやって休日に職場に来ても全く苦じゃないのは、これが私にとって「労働」ではなくて「やりたいこと」だからなのだ。誰かに「やらされていること」、単に「お金を稼ぐためにすること」ではなくて。

 

そんなことをぐちゃぐちゃ考えながら土曜日の朝、30歳になったからだで起床し、植物に水をやって家事をし、朝食をとり、いつもよりも明るい色のセーターを着て大学行の地下鉄に飛び込む。

 

「忘れられない30歳の誕生日しよう」とずっと意気込んでいたけど、そんな感じで穏やかに過ぎていった。

30歳の誕生日を忘れたくないので今こうやって日記を書く。